維新の道~幕末の志士 坂本龍馬や中岡慎太郎などが眠る墓所につづく道~

維新の道

維新の道の紹介

維新の道は、京都市東山区にある、幕末の志士たちの墓所が並ぶ道です。東山にある霊山護国神社へと通じており、坂本龍馬や中岡慎太郎をはじめ、多くの維新の志士が眠っています。

幕末、京都は新撰組や見廻組といった幕府側の勢力と、坂本龍馬らの倒幕派の志士たちが激しく対立する舞台となりました。志士たちは、志半ばで命を落とすことが多く、その多くがこの霊山に葬られました。明治時代に入り、明治天皇の勅命により、この地は霊山護国神社として整備され、維新の功労者たちの霊を祀る場所となりました。

近くに二年坂清水寺などがあり京都の有数の観光地になります。

維新の道の歴史

歴史的背景

  • 幕末の動乱と志士たち

    • 1853年のペリー来航を機に、日本は激動の時代を迎えました。京都は尊王攘夷運動の中心地となり、多くの志士たちが活動しました。

    • しかし、その多くが佐幕派との衝突や暗殺により命を落としました。

  • 霊山の聖地化

    • 幕末、尊王攘夷派の志士たちは、神道に共感する者が多かったため、東山の霊明神社(現在の京都霊山護国神社)に葬られることが多くなりました。

    • 明治元年(1868年)、明治天皇の詔によって、ここで命を落とした志士たちを祀るために、日本で最初の官祭招魂社として霊山官祭招魂社が創建されました。これが現在の京都霊山護国神社です。

    • 境内には、坂本龍馬、中岡慎太郎、木戸孝允など、維新に尽力した志士たちの墓が多数あり、維新の志士たちの聖地となりました。

維新の道の命名

  • 「維新の道」という名称は、比較的最近のものです。昭和43年(1968年)、霊山顕彰会が設立され、「先覚者の精神に学び、より良い日本を築いていくこと」を目的として、この坂道が命名されました。

  • 道中に建立されている「維新の道」と刻まれた石碑の文字は、パナソニック創業者である松下幸之助の筆によるものです。

維新の道の主な見どころ

霊山護国神社

維新の道の終点にある神社で、坂本龍馬、中岡慎太郎、木戸孝允、高杉晋作など、維新の志士たちの墓があります。特に、龍馬と中岡の墓は多くの参拝者が訪れます。

「維新の道」石碑

「維新の道」石碑は、京都市東山区にある京都霊山護国神社へと続く参道「維新の道」の途中に建立された石碑です。

「維新の道」は、坂本龍馬や中岡慎太郎、木戸孝允など、幕末に活躍した志士たちが眠る京都霊山護国神社へと続く坂道です。この道は、特に坂本龍馬と中岡慎太郎の遺体が近江屋から霊山墓地に運ばれた「幕末志士葬送の道」としても知られています。

この参道は、昭和36年(1961年)の第二室戸台風で大きな被害を受け、一時は荒廃していましたが、明治改元から100周年となる昭和43年(1968年)に、維新の志士たちの顕彰と道の復興を目的とした「霊山顕彰会」が発足しました。

この顕彰会の初代会長に就任したのが、松下幸之助です。彼は「先覚者の精神に学び、より良い日本を築いていく」という思いを込めて、この道の整備を進め、自らの筆で「維新の道」と揮毫した石碑を建立しました。

この石碑は、単なる道標ではなく、明治維新を成し遂げた志士たちの功績を称え、後世にその精神を伝えるための象徴的な存在となっています。

翠紅館跡~幕末の志士たちの集会所~

翠紅館跡は、京都東山の「維新の道」沿いにある幕末の史跡です。現在は高級料亭「京大和」の敷地となっており、入口に石碑と案内板が設置されています。

  • 元々の所有者: もとは正法寺というお寺の塔頭(塔頭寺院)でしたが、眺望に優れていたため、庶民の遊興や文人の集いの場として使われていました。

  • 西本願寺の所有へ: 天保年間(1830-1844年)に西本願寺の所有となり、庭園が整備され、「翠紅館」と名付けられました。「翠(みどり)」と「紅(あか)」が美しい景観から名付けられたと言われています。

  • 幕末の志士たちの集会所: 幕末には、勤王の志士たちの会合場所として利用されました。

  • 翠紅館会議: 文久3年(1863年)には、土佐藩の武市半平太や長州藩の井上聞多、久坂玄瑞、桂小五郎(後の木戸孝允)らが集まり、攘夷や討幕の具体策を話し合った「翠紅館会議」が開催されました。

現在の様子

  • 料亭「京大和」: 翠紅館の跡地は、現在は料亭「京大和」となっています。一般の観光客は敷地内に入ることができませんが、門の外から石碑と説明板を見ることができます。

  • 周辺の観光スポット: 翠紅館跡は、坂本龍馬や中岡慎太郎の墓がある京都霊山護国神社や霊山歴史館、そして二年坂・ねねの道に囲まれた歴史的な観光エリアに位置しています。

京料理京大和公式サイトはここから確認できます。

風景

階段から上がっても四季を感じられます。

上から降りると絶景が広がります。

京都霊山護国神社幕末維新ミュージアム

神社の境内にある博物館で、維新の志士たちの遺品や当時の資料が展示されています。龍馬が暗殺された際に身につけていたとされる襦袢(じゅばん)のレプリカなど、貴重な展示品を見ることができます。

霊山歴史館詳細情報はここから確認できます。

場所情報

〒605-0826 京都府京都市東山区桝屋町359(京料理京大和の住所です。)

アクスス方法

  • 駐車場:近隣の駐車場をご利用ください。※上側には駐車場はありません。※道脇にある駐車場の看板写真掲載
  • 京都市バス「東山安井」または「清水道」バス停から徒歩約10分。

  • 京阪電車「祇園四条駅」から徒歩約20分。

まとめ

幕末の歴史に興味がある方にとって、京都東山散策の際に立ち寄って頂きたい場所です。当時の志士たちがこの場所からどんな景色を見ていたのか、思いを馳せることができます。

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