玉造稲荷神社 豊臣家ゆかりの史跡 大阪市中央区

玉造稲荷神社は、紀元前12年に創建されたと伝えられる非常に歴史ある古社で、京都の伏見稲荷大社よりも古い歴史を持つと言われています。かつて大坂城の三の丸に位置していたことから、豊臣氏や徳川氏から「大坂城の鎮守社」として厚い崇敬を受けてきました。また、縁結びのパワースポットとして知られています。

玉造稲荷神社

目次

玉造稲荷神社の由来

大阪市中央区に鎮座する玉造稲荷神社(たまつくりいなりじんじゃ)は、2000年以上の歴史を持つとされる非常に古く、由緒ある神社です。その由来は大きく分けて「古代の玉作り」「聖徳太子の祈願」「豊臣家の崇敬」という3つの歴史的背景に支えられています。


「玉造」という地名の由来と創建

神社の名前にもなっている「玉造」は、この地が古代において勾玉(まがたま)などを作る集団「玉作部(たまつくりべ)」の居住地であったことに由来します。

  • 創建: 伝承では垂仁天皇18年(紀元前12年)とされています。

  • 古代の姿: 当時は「比売社(ひめのやしろ)」と呼ばれ、下照姫命(しもてるひめのみこと)をお祀りしていたと伝えられています。

聖徳太子と戦勝祈願

飛鳥時代、聖徳太子が物部守屋(もののべのもりや)との戦いに際してこの地に陣を敷き、戦勝を祈願したという伝説が残っています。勝利した後、太子はここに観音堂を建立したと言われています。

豊臣家・徳川家との深い縁(大坂城の鎮守神)

豊臣秀吉が大坂城を築城した際、この神社が城の三の丸(現在の場所付近)に位置していたことから、「大坂城の鎮守神」として篤く信仰されました。

  • 豊臣秀頼の再建: 慶長8年(1603年)に豊臣秀頼によって社殿が再建されました。現在も境内には、秀頼が奉納した鳥居(阪神・淡路大震災で損傷し、現在は上部)が残っています。

  • 秀頼公の「胞衣塚(えなづか)」: 秀頼公が誕生した際の「胞衣(胎盤)」が境内に埋められたとされ、現在は「胞衣塚大明神」として、子の悩みや夜泣き、縁結びに利益があるとして信仰されています。

玉造稲荷神社の歴史

造稲荷神社は、2000年以上の歴史を持つとされる非常に由緒ある神社です。


古代:紀元前からの歴史と地名の由来

  • 創建: 伝承では垂仁天皇18年(紀元前12年)の秋に創祀されたとされ、大阪でも屈指の古社です。

  • 地名の由来: この一帯は古代、勾玉(まがたま)などを作る「玉作部(たまつくりべ)」という技術者集団が住んでいた場所で、それが「玉造」という地名の語源になりました。

  • 聖徳太子の伝承: 飛鳥時代、聖徳太子が物部氏との戦いの際にこの地に布陣し、戦勝を祈願して勝利したことから、後に観音堂を建てたという伝説も残っています。

豊臣時代:大坂城の鎮守神として

戦国時代の戦火で一時荒廃しましたが、豊臣秀吉が大坂城を築城した際、神社が城の「三の丸(現在の城内エリアの一部)」に位置していたことから、城の守護神(鎮守社)として篤く崇敬されました。

  • 豊臣秀頼との縁: 秀吉の息子・秀頼によって社殿が再建されました。現在も境内には、秀頼が奉納した石造りの鳥居の一部(阪神淡路大震災で倒壊し、現在は上部と脚部を分けて保存)や、秀頼の銅像があります。

  • 胞衣(えな)塚: 秀頼が誕生した際の「胞衣(胎盤)」を埋めたとされる「胞衣塚大明神」があり、現在は子授けや夜泣き封じの神様として信仰されています。

江戸時代〜現代

  • お伊勢参りの出発点: 江戸時代には、大坂から伊勢神宮へ向かう「伊勢本街道」の起点の一つとして賑わいました。

  • 再建の歴史: 大坂夏の陣や大正・昭和の空襲などで何度も焼失しましたが、そのたびに氏子や崇敬者の手によって再建されてきました。現在の本殿は1954年(昭和29年)に再建されたものです。

ご利益

縁結び・恋愛成就

もっとも有名なのが、「なで子持鳥居」「縁のひも(えにしのひも)」にまつわる縁結びです。

  • 縁のひも: 境内にある「真田幸村公の像」の近くに、願いを込めて紐を結ぶ場所があります。良縁、子宝、夫婦円満を願う参拝客が絶えません。

子授け・安産

主祭神である「宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)」に加え、豊臣秀頼公(豊臣秀吉の息子)の胞衣(えな/胎盤のこと)を祀る「胞衣塚(えなづか)」があります。

  • このことから、子授け・安産・子供の成長にご利益があるとして、古くから信仰されています。

美肌・美容

かつてこの地は「玉造」という名の通り、勾玉(まがたま)を作る職人が住んでいた場所です。

  • 勾玉(まがたま)のパワー: 勾玉は魂を磨く象徴とされ、そこから転じて「美肌」や「内面からの美しさ」を授かるパワースポットとしても人気です。

商売繁盛・仕事運

お稲荷様ですので、もちろん商売繁盛のご利益も強力です。

  • 伊勢参りの出発点(伊勢本街道の起点)の一つであったことから、旅の安全新しい物事を始める際の成功を祈願するのにも適しています。


  • 真田幸村ゆかりの地: 大坂の陣の際、真田丸の近くにあったため、真田幸村(信繁)とも縁が深いです。勝負事の祈願にも良いでしょう。

  • なで子持鳥居: 鳥居の一部をなでることで、子宝や家庭円満を祈願できます。

見どころ

「玉造」の名の由来と資料館

この地は、古代に勾玉(まがたま)などを作る「玉作部(たまつくりべ)」が住んでいた場所です。

  • 難波玉造資料館: 境内にあり、古代の勾玉や玉作りの工程、出土した土器などが展示されています(※開館日は事前確認がおすすめ)。

  • なで子持曲玉石: 勾玉の形をした石で、なでると「子授け」や「子孫繁栄」のご利益があるとされています。

聖徳太子と戦勝祈願

飛鳥時代、聖徳太子が物部守屋(もののべのもりや)との戦いに際してこの地に陣を敷き、戦勝を祈願したという伝説が残っています。勝利した後、太子はここに観音堂を建立したと言われています。

聖徳太子と「丁未の乱」の伝承

西暦587年、仏教の受容をめぐって、推進派の蘇我馬子(聖徳太子側)と、反対派の物部守屋(もののべのもりや)との間で「丁未の乱(ていびのらん)」が起こりました。

この際、聖徳太子が玉造の地に布陣し、勝利を祈願したという逸話が残されています。

栗の白木と「願い石」の伝説

聖徳太子がこの玉造岡に陣を敷いた際、「我に勝を与えるなら、これに枝葉を生ぜしめよ」と願いを込め、持っていた栗の白木の杖(あるいは箸)を地面に突き刺しました。 すると、枯れ木であったはずの杖から、見事な枝葉が芽吹いたといいます。この瑞兆(吉兆)によって士気が高まり、見事勝利を収めたと伝えられています。

聖徳太子 偲び石

現在、境内には「聖徳太子 偲び石」という石碑があります。

  • これは、かつて太子が戦勝のお礼として自ら彫った「十一面観音像」を安置するために建立した「観音堂」の遺物(礎石など)といわれています。

  • 現在では、太子の故事にあやかり、石の前で栗の白木を刺して勝利や合格を願う「願い石」として親しまれています。

豊臣家ゆかりの史跡

  • 豊臣秀頼公 奉納の鳥居: 慶長8年(1603年)に秀頼が寄進したもの。大坂の陣や大震災を乗り越えましたが、阪神・淡路大震災で一部が倒壊したため、現在は上部が地上に据え置かれる形で保存されています。

  • 豊臣秀頼公 銅像: 2011年に建立された、りりしい姿の秀頼像があります。
  • 胞衣塚(よなづか)大明神: 秀頼の出生時の「胞衣(胎盤など)」を祀っています。秀頼と母・淀殿を繋ぐ縁から、「子の悩み」や「親子の絆」にご利益があるとされています。

 利休井(りきゅうのい)

千利休が茶の湯に利用したとされる井戸が再現されています。

  • ポイント: 和の趣が強く、落ち着いた雰囲気。

  • 撮影のコツ: 着物や和装で訪れる際、最も和の質感が映える場所です。

玉造稲荷神社 千利休の顕彰碑

豊臣時代、この神社の南側(現在の玉造2丁目付近、かつての「禰宜(ねぎ)町」)には、千利休の屋敷があったと伝えられています。

  • 良質な水: この一帯は「清水谷(しみずだに)」という地名が残るほど、古くから良質な湧き水(玉造清水)に恵まれていました。利休はこの水を茶の湯に愛用していたと記録されています。

  • 歴史的背景: 秀吉や淀殿、秀頼らが、この地で利休の野点(のだて)を楽しんだという故事が残っており、まさに「大坂の茶の湯」の中心地の一つでした。

縁結びのパワースポット

玉造稲荷神社は、豊臣家ゆかりの歴史ある神社で、特に女性の悩みに寄り添う強力な縁結びのパワースポットとして知られています。

境内のどこが特に注目すべきスポットなのか、詳しくご紹介します。

縁結びの象徴「恋キツネ」の絵馬

拝殿の近くには、2匹のキツネが顔を寄せてハート型を作っている「恋キツネ」の絵馬が奉納されています。これは良縁や夫婦和合を願う人々に大人気で、裏面に名前を書いて奉納することで、強い縁結びのご利益が授かると言われています。

真田紐で結ぶ「縁(えにし)のひも掛け」

境内にある末社「胞衣塚大明神(よなづかだいみょうじん)」は、豊臣秀頼公の胞衣(胎盤)を祀っている場所で、子授けや安産だけでなく、「子と親」「男と女」「仕事」などのあらゆる良縁を結ぶパワースポットです。 ここでは、真田幸村ゆかりの「真田紐」で作られたピンク色の「縁のひも」に願いを書き、備え付けの「縁のひも掛け」に結んで祈願します。

参拝方法

参拝の基本作法に加え、この神社ならではの特別な祈願方法をまとめました。


1. 基本の参拝作法

まずは本殿へ向かい、神様に挨拶をしましょう。

  1. 鳥居前: 軽く一礼して境内に入ります。

  2. 手水舎: 手と口を清めます。

  3. 本殿: お賽銭を入れ、鈴を鳴らしてから**「二拝二拍手一拝」**で拝礼します。


2. 玉造稲荷神社ならではの「特別な参拝」

この神社には独自のユニークな祈願方法がいくつかあります。

① 「恋キツネ」絵馬で恋愛成就

キツネは一度つがいになると一生相手を変えないことから、良縁・夫婦円満の象徴とされています。

  • 方法: ハート型の「恋キツネ」絵馬に、自分と相手の名前(または理想のタイプ)を書き、絵馬掛けに奉納します。

② 「縁(えに)のひも」で縁を結ぶ

豊臣秀頼公の「胞衣塚(えなづか/胎盤を埋めた場所)」があり、母子の絆の強さから**「子の成長・良縁」**のパワースポットとなっています。

  • 方法: 社務所で「縁のひも」を授かり、願いを書いてから、胞衣塚大明神の前にある**「縁のひも掛け」**に結びつけます。真田紐(さなだひも)という丈夫な紐で、強い絆を象徴しています。

③ 「なで子持石」で子授け・安産祈願

境内にある「なで子持石」は、優しくなでることで子宝や安産のご利益があるとされています。

④ 「聖徳太子 偲び石」で必勝祈願

聖徳太子が戦勝を祈願した伝承にちなんだスポットです。

  • 方法: 社務所で授与される「栗の白木」を、石の前にある挿し鉢に立てて祈願します。


 

境内地図

拝観・受付時間

  • 参拝時間:日の出 〜 日没まで 一部のサイトでは24時間可能とされていますが、神社の公式案内や主要な観光情報では「日の出から日没まで」が推奨されています。

  • 社務所(お守り・御朱印など):9:00 〜 17:00 御朱印やお守りの授与、祈祷の相談などはこの時間内となります。

  • 定休日:なし(無休)

場所情報

〒540-0004 大阪府大阪市中央区玉造2丁目3−8

アクセス方法

公共交通機関(電車)でのアクセス

最寄り駅から徒歩で向かうのが一般的です。

  • JR大阪環状線「玉造駅」 から徒歩約6分

  • Osaka Metro 長堀鶴見緑地線「玉造駅」 から徒歩約6分

  • Osaka Metro 中央線・長堀鶴見緑地線「森ノ宮駅」 から徒歩約8分

お問合せ先

  • 電話番号: 06-6941-3821

  • 受付時間: 9:00~17:00(年中無休)

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