一条戻橋 京都市上京区 堀川に架かる橋 歴史と伝説から人々を魅了してきた特別な場所

一条戻り橋は、京都市上京区の堀川に架かる橋で、その歴史と伝説から、古くから人々を魅了してきた特別な場所です。

一条戻橋

目次

一条戻橋

京都市上京区の堀川に架かる一条戻り橋は、794年に平安京遷都とともに架けられたとされる歴史ある橋です。橋そのものは何度も作り直されているが、現在も当時と同じ場所にある。平安京の北端、一条大路に架かり、内裏と京外とを分けていた。また、近くに蓮台野という葬場があり、葬列の見送り人はこの橋で戻ったいわれており、「あの世」と「この世」をつなぐ橋ともいわれています。橋は、一条橋、土御門橋、土御門堀川橋とも呼ばれた。近くに晴明神社(安倍晴明ゆかりの神社)がある。

伝説の橋「一条戻橋」・戻橋の名前の由来

伝説の橋「一条戻橋」

延莒18年(918)、文章博士・三善清行が亡くなった時、父の死を聞いた熊野の僧「浄蔵」 が紀州熊野ひつぎから京都に馳せ帰ってみると、 その葬列は丁度この橋の上を通っていました。 浄蔵は柩にすがって泣き悲しみ、神仏に熱誠を込めて祈願したところ、不思議にも父清行は一時蘇生して父子物語を交したという伝説から戻橋と名付けられたと言われています。 太平記、剣の巻によれば、その頃、源頼光の四天王わたなべのつなの一人であった渡辺綱が深夜この橋の東詰で容貌美しい女子に 「夜更けが怖いから送って欲しい」と頼まれたので、 馬に乗せたら女はたちまち鬼と化し、 渡辺綱が腕を切り落とした、 と記されています。

また、一条戻橋は 「あの世」 と 「この世」をつなぐ橋とも言われていました。 伝説では、 平安時代の天才陰陽師として名高い安倍晴明の父である保名が殺害された場所であり、 晴明が呪法を駆使して保名を蘇生させた場所とも言われています。

以上のような歴史を持つ一条戻橋ですが、現在の橋は平成7年に新築されたものです。

京都市

その他の歴史・伝説・逸話

歴史

  • 平安京遷都とともに架けられたとされる
  • 安倍晴明が式神を封印したという伝説
  • 平安時代の貴族が橋占を行っていたという伝説
  • 牛若丸が源義仲に救われたという伝説
  • 戦国時代には織田信長が兵士を橋上で励ましたという逸話も

伝説・逸話

一条戻り橋には、様々な伝説や逸話が伝わっています。

  • 安倍晴明伝説: 安倍晴明が式神を封印した石櫃を橋の下に置いたという伝説。
  • 死者の蘇り伝説: 死者がこの橋を渡ると蘇ると信じられていた伝説。
  • 橋占いの伝説: 平安時代、貴族たちがこの橋で占いを行っていたという伝説。
  • 牛若丸伝説: 源頼朝を追って奥州へ向かう途中の牛若丸(源義経)がこの橋で源義仲に救われたという伝説。
  • 織田信長逸話: 桶狭間の戦いに向かう織田信長が兵士を橋上で励ましたという逸話。

周辺情報

その他のみどころ

  • 一条戻り橋は、現在も多くの観光客が訪れる人気のスポットです。
  • 橋の上からは堀川や周辺の景色を楽しむことができます。
  • 夜にはライトアップも行われ、幻想的な雰囲気を味わえます。

アクセス・場所情報

  • 住所:〒602-8067 京都府京都市上京区主計町 一条通り
  • アクセス方法:
    • 地下鉄烏丸御池駅より徒歩15分
    • 市バス「烏丸御池」停留所より徒歩5分

安倍晴明が式神を封印したとされる橋の下


一条戻り橋を訪れた際は、ぜひ歴史や伝説に思いを馳せてみてください。

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